おはようございます!ムッシュです!
今回はやりがいの見つけ方というシンプルなテーマを語っていきます!
新社会人の方ももうそろそろ鬱憤がたまっているころではないでしょうか!ww
その鬱憤の原因はいろいろあると思います。気に入らない上司・同僚、非効率な仕事、わけわからない慣習などなどいろいろありますよね
しかし私は働く上で何より大事なものは「やりがい」だと思います
「仕事にやりがいを感じられない」 そんな悩みへの処方箋として、巷には「好きなことを仕事にしよう」「天職を見つけよう」といった耳ざわりの良い言葉が溢れています。
しかし、やりがいを「探す」という行為自体が実は間違いなのです!
やりがいは、宝探しのようにどこかに落ちているものではありません。
1. 「やりがいは与えられるもの」という勘違い
多くの人が陥る最大の誤解は、やりがいを福利厚生や給与と同じように「会社が与えてくれるもの」だと考えている点です。
- 会社のせいにしない: 「会社がやりがいのある仕事を振ってくれない」という不満は、自分の幸福度を他人に委ねている状態です。やりがいは、外部から提供されるものではなく、自分で決断するものです。
- 主体性がない: 誰かに決められたルールに従って動くだけの労働には、やりがいは感じないでしょう。しかしたとえ小さなタスクでも、自分なりの「工夫」や「改善」という意思をもって動いた瞬間に、それはあなた独自の仕事に変わります。
2. やりがいは「遠く」ではなく「目の前」にある
「もっと価値や責任のある、大きな仕事ならやりがいを感じられるはずだ」という幻想も捨て去るべきです。
よく自分探しの旅をする人がいますね。自分のやりたいことは何かを「見つける」旅です。この自分探しの旅は基本的に私は否定派です。基本的にと言ったのは100%悪いというわけではないからですね。しかし割に合わないと思われます
やりがいは「どこかにある」のではなく「目の前にあるものから選び決断するもの」だと思います。目の前にあるものから選び決断できない人が、自分探しの旅に出て目の前にいろんなものを並べられたとしても「コレ!」と決断できないのでは旅に出ることそのものが無意味です。
本当に目の前にない場合もあるので絶対ではないのですが、多くの場合目の前にあるものの中にもやりがいはあるものです
3. 「成功するもの」ではなく「やったものを成功にする」
やりがいとかそんなものより成功するものがしたいという人もいるでしょう。やりがいはあるけど貧乏暮らしというのは悪くはないかもしれませんが良くもありません
「失敗したくない」「確実な成功報酬が欲しい」という思いはわかりますが根本的にその考えは間違っています
目の前にあるものを選び決断すると前述しましたが間違っている人はその選択の先に成功があると思っていますが違います!
どの道を選ぶかが重要なのではありません。選んだ道の先も無数に枝分かれしています。選んだ道の先を正解にするために、どのようなことをするか、戦略を立てるかが重要です。
入口をどれにするか悩むではなく最終的なゴールに行くためには何をすべきかで悩む方がとても建設的ですね
やりがいはやる前にはわからない
やりがいはやる前に何を考えてもわかりません。何かを「やった後」に初めて湧いてくるのです
過去やりがいを感じたときはどんな時でしたか?
楽しい!面白い!感動する!幸せな気持ちになれる!良いことをしたと実感できる!などなどいろいろあったと思いますが、全部「やった後」に感じたと思います。むしろやる前にやりがいありそうと感じることの方が少ない、むしろないと思います。少なくとも私はありません
- 「やりがい」という言葉を一旦忘れる: やる前にいろいろ考えるのは無意味です
- 自分の意思をちょっとだけ混ぜる: 指示された通りにやるのではなく、自分なりの「仮説」を立てて実行する。指示された仕事ではなく自分の仕事になります
- 自分のやったことは全て良い成果: 出た結果がどうあれ、それを次の改善へのデータと捉え、成果を出すために自分でやった感がないと成果が出てもやりがいは感じにくいでしょう
やりがいのあるなしというのは「自分が主体的に動けたかどうか」の結果とも言えます
やりがいがないと嘆いているのは「主体的に動けてない」という事かもしれませんね

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